新嘗祭:等彌神社

奈良の地には名社、古社がたくさんあります。
その中の一つ桜井市にある「等彌神社」では年間を通していろいろなイベントが催されております。
中でも11月の「献灯祭」は錦織りなす紅葉に1週間ライトアップされ同時に足元には四百個のぼんぼりに献灯がなされ圧巻です。
この度その中で行われる「新嘗祭」に参加させて頂きました。

等彌神社

神武天皇時代に鳥見山中に創建された古社で、延喜式内社の「等彌神社」に比定されております。「上ッ尾社」と「下ッ尾社」に別れており、鳥見山の西麓を能登山というところから「能登宮」とも呼ばれております。天永3年(1112)霧雨による山崩れによつて鳥見山の中から現在地付近に遷座されました。

祭神:上ッ尾社:大日霊貴命(天照皇大神)

登美連は饒速日命を祖神としており、祭神を饒速日命とする説もあります。(本来は鳥見山を祀ったようです)

境内社:弓張、恵比須、黒龍、金比羅、稲荷、猿田彦、愛宕の7社

神社入口に佐藤春夫の句碑と、堀口大学の句碑があります。偉大な両詩人の碑をたずねて来られる人も多いそうです。


新嘗祭にいなめさいはくの十二単

新嘗祭は、天皇が新しく収穫された米を天神てんしん地祇ちぎに捧じて、自らもこれを食してその年の収穫に感謝する大切な宮中祭祀の一つです。
この日(11月23日)は、宮中だけでなく全国の農村漁村はもちろんの事、それぞれの地方でも神社に新米を捧げ祝います。
なかでも特に、天皇が即位をして初めて行なう新嘗祭は、大嘗祭だいじょうさいと言われ、一代一度きりの大祭です。その折に皇后様がお召しになられるのが、帛の十二単です。
帛の十二単は長袴に、ほんのりと薄紅色を用いますが、それ以外は全て白のみで構成された十二単で、神々と最も親しむ大切な儀式に清浄さを示すための純白であると言われています。

さて紀元前660年、日本の初代天皇である神武天皇が国を平定して初めて行われた新嘗祭が桜井にある等彌とみ神社であると伝えられています。
およそ2600年もの時を経てなお受け継がれている等彌神社の祭儀に帛の十二単のお服上げを奉納させていただく御縁をいただき、嬉しく思います。
これからも天地自然の神々の恵みに感謝する日本の伝統と文化を、大切に伝えて行くお手伝いが出来れば幸いです。


新嘗祭イベントの一つとして、十二単の着装を披露させて頂きました。


等彌神社の新嘗祭

阿倍野教室 古谷孝子先生

平成25年11月25日 奈良・桜井にある、等彌神社におきまして、新嘗祭が厳粛にとりおこなわれました。
 その後、神殿にて十二単のお服上げをさせて頂きました。初めは緊張しましたが、衣を重ねていくうちに、厳かで心が引きしまる貴重な体験をさせて頂くことができました事を感謝しております。